自転車乗りで自転車屋さんのブログ 025-210-3377


by niibero
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稲川明雄先生夜話 伊藤五郎左衛門と三潟悪水抜き

7月24日(土)新潟市中央区西堀前通一番町の「蔵織」で稲川明雄先生夜話「伊藤五郎左衛門と三潟悪水抜き」の話を聞きました。
翌25日(日)早速ゆかりの地を自転車で訪ねました。
江戸は文政3年(1820年)西川の下を底樋をつくり新川を通してしまったのです。
この木材は底樋の大きさが分かる模型です。
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6万両、のべ作業員数200万人にも及ぶ大工事でした。
身銭を切って働いた伊藤さんは庄屋の権利を質に流し、あげくの果てに干拓地は幕府に上知となってしまって借金は帰らずじまいだったのです。
7月29日は伊藤さんの命日ということですから、なんとかその前に墓参りをと思い立った訳です。
中野小屋には終焉の地の大きな石碑があるということだったので、先ずはひとっ走りして行きました。
現地では幸い中野小屋中学校の生徒が伊藤さんの石碑の場所を知っていて、途中まで道案内をしてもらいました。
なるほど大きな石碑です。
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お墓は川の立体交差のちかく新川のそばにあるお寺にあるということで探しに行きました。
お寺の入り口には新川開削の功労者名前を刻んだ大きな供養塔がありました。
一番先頭に書いてある名前が伊藤五郎左衛門さんです。
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肝心なお墓はというと確かなことは分かりません。
おそらくこの位置にあるものがお墓ではないかと言われてきました。
もちろん白いものはしゃれこうべではなくヘルメットです。
黙祷。
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by niibero | 2010-07-26 11:37 | 近所のお店